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マツダは「コスモ スポーツ」が、誕生から50年を迎えたことを発表しました。

(このファイルはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 ライセンスのもとに利用を許諾されています。ファイル名:Mazda cosmo sport.jpg/投稿者: Taisyo)

2017年の5月、マツダはロータリーエンジン搭載の同社市販第1号車となる「コスモ スポーツ」が、誕生から50年を迎えたことを発表しました。
 
こちらがその記事です。
 
マツダの「コスモ スポーツ」。若い方はご存じないかも知れませんね。このクルマは1967年の5月30日、ツインロータリーエンジンを搭載した世界初の自動車(シングルローター車はドイツのNSUがそれ以前に発売)として、マツダが生み出した日本が誇る名車です。
 
今見てもスタイリッシュな流線型のボディに、軽量なロータリーエンジンを搭載したこのスポーツカーは、登場直後から日本中で大変な注目を集めました。オールドファンなら人気の特撮ヒーロー「帰ってきたウルトラマン」の劇中で、地球防衛組織MAT隊員が乗る「マット・ビハイクル」として登場していたことを覚えているかもしれません。
 
マット・ビハイクルは、カラーリングだけが替えられ外観はほぼノーマルなのに、ウルトラマンの世界観に違和感なく溶け込んでいたのですから、どれだけ未来的で、先進的なデザインだったのかが分かりますよね。
 
では、それだけ注目を浴びたのだから、さぞ爆発的に売れただろう…、と思われるかもしれませんが、実際はそうではありませんでした。その総生産台数はわずかに1,176台なのです。人気がなかったのではありません。
 
その理由は、まずコスモスポーツの流麗なボディは、職人の手作業で作られていたということ。つまり、元々大量生産を考えていたものではなかったのです。
 
また、148万円と高額なことも大きなネックでした。この時代の大卒初任給は2万4,000程度ですから、148万円円は現在の貨幣価値なら1,000万円オーバー。コスモスポーツは高級スポーツカーだったのです。ちなみに同時代にはこちらも名車である、トヨタ2000GTがありましたが、その価格は172万円とコスモスポーツよりも高価。それに比較すれば多少はお手頃であったといっても、とてもじゃありませんが庶民の手が届くクルマではありませんでした。沢山作ることができず、また買える人も少なかった。それがわずか1000台ちょっとしか生産されなかった理由です。とはいえその時代に1,000台以上も売れたというのですから十分すごいですよね。
 
当時も今もレアなクルマだけあって、その多くが現在も生き残り大切に保管(自動車博物館が所蔵も多数)されているようです。参考のために、平成の今、コスモスポーツがどれくらいの価格で取引されているのか大手中古車情報サイトで検索をしてみました。すると4台がヒット!しかし、そのうち3台は価格応談でプライスは残念ながら不明でした。唯一値段が提示されている車両は、というとなんと1,850万円とのこと。新車当時よりもその価値は大幅に上がっているようですます。といかあまりにもレアすぎて、今や、ほぼ言い値で取引されているのでしょう。
 
 

ロータリーは小排気量でハイパワー 振動も少なく回転もスムーズ!

 

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(このファイルはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 ライセンスのもとに利用を許諾されています。ファイル名:Wankel-1.jpg/投稿者: Softeis)

 
コスモスポーツが画期的だったのはそのスタイリングや価格ばかりではありません。なんといってもその心臓部であるロータリーエンジンが素晴らしかったのです。一般的なレシプロエンジンよりも圧倒的に少ない排気量で同等のパワーを生み出し、なおかつ軽量な上コンパクト!その排気量はわずか491cc×2ローターで982ccしかありません。そんなエンジンで70ps/6,000rpmを発揮し、最高速度185km/h、0-400m加速16.3秒という当時としては驚異的なスペックを誇ったのですからたいしたものです。
 
また、ピストンの往復運動を回転運動に変換して駆動力を得るレシプロエンジンと違い、ロータリーエンジンはローターの回転運動をそのまま駆動力として取り出していました。だから振動も非常に少なくまるで電気モーターの様にスムーズに回転が上がっていく未知なフィールで、それが当時の自動車好きを魅了したのです。
 
当時ロータリーエンジンは高性能な新時代のパワーユニットとして、世界中で注目されていたのです。そして国産自動車メーカーやバイクメーカーなども開発を競い合いましたが、その開発は困難を極め商業的に実用化できたのは日本のマツダが唯一だけでした。
 
ロータリーエンジンの構造は、エキセントリックシャフトと呼ばれる偏芯した軸の中心に、レシプロエンジンでピストンにあたるおにぎり型をしたローターを組み合わせています。そしてレシプロエンジンにおけるシリンダーに相当する繭型のハウジングと、ローターが作る3つのスペースが移動しながらそれぞれで順に吸気、圧縮、点火・膨張、排気の4工程を行い、出力を得ています。吸気バルブや排気バルブなどはなく、このハウジングとのローターの関係がその役割も担っています。とてもシンプルな構造なのです。
 
吸気、圧縮、点火・膨張、排気といった一連のサイクルを順に行う一般的な4ストロークのレシプロエンジンは、ピストンがシリンダー内を2往復して点火は一回です。対して、ロータリーエンジンは、ローターが区切った3つの空間それぞれが、同時並行によりこれらのサイクルを効率よく行うので、一回転する間に3度混合気を点火しているという事になります。
 
そのため理論上は同排気量のレシプロエンジンの3倍の出力(効率の問題もあるのであくまで理論値)を得ることができるというわけです。だから小排気量なのにハイパワーなのですね。
 
 

レースの世界でも多くの栄冠に輝いたマツダのロータリーエンジン

 
1972_Mazda_Savanna_GT

(出典:Wikipedia ファイル名:1972 Mazda Savanna GT.jpg/投稿者: TTTNIS)

 
このようにロータリーエンジンのその性能の高さは素晴らしく、スポーティーカー好きの間に多くのファンを生み出しました。またレースの世界でも数々の栄光の記録を打ち出しています。
 
有名なのはGT-Rとの激闘でしょうか。1960年代後半から1970年代前半まで、日本グランプリで圧倒的な強さを誇り49連勝を重ねていたのが日産のスカイラインGT-R(通称ハコスカGT-R)でした。このクルマも今や名車として高額で取引されていることは知られていますよね。そんな圧倒的な強さを誇っていたスカイラインGT-Rを、1971年の富士TTにおいて打ち破ったのがロータリーエンジンだったのです。
 
ハコスカの50連勝をとめたマツダのサバンナRX-3はその後も快進撃を続け、1978年に製造が終了されるまでの間に通産で100勝を達成しました。このレースでの強さがロータリーを搭載したサバンナRX-3の人気を後押し多くのロータリーファンを生み出しました。
 
また世界三大レースに数えられるメジャーなレース、ル・マン24時間でもロータリーエンジンは過去にその強さを発揮しています。ル・マンは現在もですがポルシェやフェラーリ、ジャガーやメルセデスといったヨーロッパ勢が圧倒的な強さを誇っています。そんな中、1991年日本車として初、かつ唯一の優勝を飾ったのがロータリーエンジンを搭載したマツダのプロトタイプレーシングカー787Bだったのです。ロータリーエンジンの軽量コンパクトで、シンプルな構造による耐久性の高さが厳しさで知られるこのレースを制する要因となったのです。
 
このル・マンで優勝を遂げた1991年3月、マツダはロータリーエンジンを搭載するスポーツカー、RX-7の3代目をリリースしました。そして日産のR32GT-Rや、トヨタのスープラ、三菱のGTOなどのライバルと共に多くの若者たちの心をつかんだのです。